地方メーカー勤めのオレが巫女のサヤカに救われた件
10,678 文字 22 分
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岐阜で孤独な日々を送る主人公の男性が、TikTokで偶然見つけた巫女・サヤカの動画に救いを求め、大阪の神社で彼女と直接会うことを決意する。神社でサヤカと出会い、彼女の深い受容と優しさに触れるが、行為を通じて彼女を理想化していた自分に気づき、救いが幻想であることを悟る。帰宅後、サヤカからもらった片方の足袋を見つめながら、人生の意味を他者や幻想に頼るのではなく、自分自身で作り出す決意をする物語。


■ 第1章: 岐阜県、メーカー勤務。36歳・彼女なし

岐阜の朝は、どこにでもある田舎町のそれだ。薄曇りの空の下、俺は会社の駐車場に車を停める。エンジンを切ると、車内に静寂が訪れる。ふとバックミラーを見ると、自分の疲れ切った顔が映っていた。

「はぁ、今日も寒いな……」

ため息をつきながら会社の扉をくぐる。製造ラインの管理なんて大した仕事じゃない。毎日同じ作業、同じ会話、同じ顔ぶれ。刺激なんて皆無だ。それでも、こうして生きるために働かなきゃならない。

昼休み、俺は一人で弁当を広げた。周囲では同僚たちが楽しそうに話している。俺もその輪に入れればと思うが、話題がわからない。いや、正確に言えば、入る勇気がないだけだ。

「田中さん、最近どうっすか?」

「ん? まぁ、いつも通りだよ」

後輩の佐藤が話しかけてきた。俺はそれに曖昧な返事しかできない。

「田中さんって週末なにしてるんですか?」

佐藤の質問に、俺は少し焦った。正直に「家でゴロゴロしてる」と答えれば、またバカにされるだろう。

「最近、趣味でロードバイク始めたんだよな。岐阜の山道とか走ると気持ちいいぞ」

適当に見栄を張る。でも、佐藤はニヤリと笑っただけで、それ以上深掘りしてこなかった。俺は心の中で舌打ちをする。この程度の小さな嘘さえ、俺は上手くつけない。

ある日、若者だらけの飲み会に参加した。職場の誰かが俺を誘ったのか、それとも俺が勝手についていったのか、もう覚えていない。ただ、少しでも自分が「惨めな男ではない」と証明したくて、無理して参加したことだけは確かだ。

一次会、二次会となんとかついていった俺だが、三次会になると状況は変わった。

「田中さんも行きます?」

「当然だよ! こういうのって最後まで楽しまないとな!」

若い連中が、軽く俺を見下すような目で尋ねてきた。俺は無理に笑って答える。

でも、行った先のバーで俺は完全に浮いていた。若者たちは彼らだけのノリで盛り上がり、俺には誰も話しかけない。それでも俺は、無理やり会話に入ろうとする。

「最近の音楽ってさ、昔のに比べて深みがないよな」

場の空気が一瞬凍りついた気がした。

「まぁ、好みですからねー」

若者の一人が適当に答え、すぐに別の話題に切り替えた。

(俺、やっぱり浮いてる……)

内心はそう思いながらも、俺は席を立つことができなかった。自分がここにいることを認めさせたくて、何度も無理に会話に入ろうとした。

翌日、会社の廊下で佐藤に遭遇した。

「田中さん、昨日はお疲れっす! 三次会まで来るとは思いませんでしたよ」 

「……俺だって、飲み会くらい楽しめるさ」 

佐藤の一言が、俺のプライドをひどく傷つけた。不機嫌そうに答えた俺に、佐藤は少し困ったような顔をして立ち去った。

自分の行動が惨めだったと自覚している。でも、その惨めさを誰かに指摘されるのが耐えられない。

職場の廊下で立ち尽くしながら、俺は孤独に押し潰されそうになっていた、俺はどこかで自分を受け入れてくれる存在を求めていた。

■ 第2章: サヤカとの出会い

俺がサヤカを見つけたのは、何気なくTikTokをスクロールしていたときだった。寝る前の時間潰しで、いつものように退屈な動画を眺めていた俺の目に、突如として現れたのが彼女の動画だった。

画面の中で白衣と赤袴をまとった彼女が静かに微笑んでいた。背景にはどこか幻想的な神社の風景が広がっている。彼女の声が再生と同時に流れた。

「この動画を見ているということは、今日も一日、いろいろなことがあったのでしょうね。浪速救魂神社の巫女、サヤカです。」

その瞬間、俺の時間が止まった。いや、むしろ世界が彼女の声と存在だけで満たされたと言ってもいい。言葉では説明できないほど心に響く、透き通った声だった。

「神様は、あなたの一日を見守り、すべてを知っておられます。今一息ついて、今日の中で感謝したいことや少しでも心が温まったことを思い出してください。」

彼女の声には、不思議な包容力があった。それまで俺が感じていた孤独や苛立ちが、一瞬で和らいでいくのを感じた。俺は、目の前にいる人間がただの人ではないと思わずにはいられなかった。

「思い出したらコメント欄に書きましょう。どんなに小さなことでも大丈夫です。今日、心が少しでも和んだ瞬間を思い出してみてください。」

画面の中のサヤカは優しく微笑みながら言葉を続ける。その笑顔は、俺の中の冷たく凝り固まった何かを溶かしていくようだった。

「あなたがコメントに書いたその小さな感謝や喜びは、神様のもとへと届けられます。私が後ほど神前に供え、神様があなたの努力と感謝の気持ちを受け止め、明日も幸運が訪れるよう祈りを捧げます。」

彼女がそう語り終える頃には、俺の目は画面に釘付けになっていた。この動画を見たのは偶然だ。だが、それは偶然でありながらも、まるで運命的な出会いのように感じられた。俺が求めていた「救い」という言葉が、今初めて形を持って俺の目の前に現れたのだ。

次の日、俺は迷うことなく動画のリンクから彼女のLINEを登録していた。彼女とのやりとりが始まったのはそれからすぐだった。LINEの中でもサヤカは変わらなかった。おみくじのリンクを送ってくれて、結果に基づいてアドバイスをしてくれる。ある日、俺が仕事でミスをしたことを正直に話すと、彼女はこう返してくれた。

「大変でしたね。でも、それを乗り越えようとしている誠実なあなたを神様はきっと見ておられますよ😊」

この言葉を読んだ瞬間、俺は涙をこらえるのに必死だった。誰も俺の努力なんて見ていないと思っていた。いや、俺自身ですら自分を認めることができなかったのに、彼女だけはそれを見抜いてくれた気がした。

それから、俺は毎日彼女とLINEをやり取りするようになった。どんなに小さなことでも話してみると、必ず絵文字付きで優しい返信が返ってくる。サヤカの言葉には、まるで光が宿っているかのようだった。

「最近仕事どうですか?何かあれば神様にお祈りしておきますね✨」

そんな言葉に、俺はどれほど救われたことか。俺にとって彼女は、ただの巫女なんかじゃない。神様からの贈り物そのものだった。彼女と話していると、まるで俺の人生にも少しだけ価値があるように感じられるのだ。

こうして俺は、日に日に彼女への思いを強くしていった。俺にとって彼女は「救い」そのものだった。そして、ある日気づいたのだ。「彼女に会いたい」と。

■ 第3章: サヤカに会いに大阪へ

俺は駅のホームで立ち尽くしていた。行き先は大阪、目指すは浪速救魂神社。サヤカがいる場所だ。

切符を握りしめた手には汗が滲んでいる。特急から新幹線への乗り換えを何度もスマホで確認して、それでも不安が拭えない。だが、胸の中には不思議な高揚感があった。本物のサヤカに会えるかもしれない──そう思うだけで、心臓が高鳴って止まらなかった。

特急列車の窓から見える景色は変わり映えしない田舎の風景だった。けれど、今日はその風景がどこか輝いて見えた。心の中で何度もサヤカの動画を思い返す。彼女の穏やかな微笑み、優しい声、それからLINEでのやりとり。

「本当に……会えるのかな。」

つい、独り言が漏れる。

列車が揺れるたびに心も揺れた。もし会えたとして、彼女は俺をどう思うだろうか。怒られるんじゃないか?それとも、LINEで話していたように、優しく迎えてくれるのだろうか。そんな期待と不安が頭の中をぐるぐると巡る。

新幹線に乗り換えたとき、俺はようやく少し落ち着きを取り戻した。車内ではサラリーマンや観光客らしき人々が静かに過ごしている。俺はスマホを取り出し、LINEの履歴を見返した。

「サヤカさん……俺、今、大阪に向かっています。」

そんなメッセージを送ろうとしたが、途中でやめた。これは、サヤカには内緒の旅行だからだ。俺なんかが会いに行ったら迷惑だと思われるかもしれない……いや、考えるのはやめよう。

神社に参拝するだけなら誰にも迷惑をかけない。そう自分に言い聞かせ、窓の外を見る。遠くに大阪の街並みが近づいてきているのがわかる。

大阪に着いた頃には、昼を少し過ぎていた。駅を降りると、慣れない都会の喧騒が俺を包み込む。

「すごいな……。」

思わず声に出してしまうほど、人の多さに圧倒された。スマホの地図アプリを開き、浪速救魂神社へのルートを確認する。地下鉄に18分乗って、徒歩7分。

神社に向かう道中、心の中は不安と期待でぐちゃぐちゃだった。もし彼女が本当にそこにいたら……俺は何を話せばいいんだろう?

「いや、まずはお参りだ。お参りをして、様子を見て……。」

そう考えながら、足早に神社へと向かう。

神社の境内に足を踏み入れた瞬間、俺はその静寂と神聖な空気に息を呑んだ。TikTokで見た映像そのものだった。白い石畳、緑の木々、そして風に揺れる赤い鳥居。

「本当に……こんなところがあったんだ。」

心臓が早鐘のように打ち始める。奥の社務所の方に目を向けると、そこにいたのは──紫色の髪を結い上げ、白衣と赤袴をまとった一人の女性。TikTokで何度も見た女性がそこに立っていた。

■ 第4章: 本物のサヤカ

心臓が暴れるように高鳴り、全身から汗が噴き出してくる。目の前にいるのは、本当にサヤカだ。画面越しで見ていた存在が、現実のものとしてそこにいる。それなのに、俺は一歩も動けなかった。

「声を……かけられるわけがないだろ……。」

自分にそう言い聞かせて、境内の木陰に隠れた。サヤカが何をしているのか、息を殺して観察する。

しばらくすると、サヤカが手に何かを持って社務所から出てきた。それは飲み終えた飲料パックだった。彼女は境内の隅にあるゴミ箱にそれを捨て、穏やかな表情で社務所に戻っていった。

俺は彼女が視界から消えたのを確認すると、意識が身体から外れたかのように足が自然とゴミ箱に向かっていた。

「これ……サヤカさんが飲んでたやつだよな……。」

ゴミ箱の中に捨てられた飲料パックをそっと取り出し、そのストローを慎重に抜き取る。彼女が唇を触れていた部分。

「思い出だ……これくらい、いいだろ……。」

俺はバッグからジップロック袋を取り出し、震える手でストローをポケットにしまう。自分でも情けないとわかっているが、それでもこれ以上の勇気は出せない。

ふと目を下ろすと、玉砂利の上に一本の長い髪の毛が落ちていた。紫色の光沢を持つその髪は、間違いなくサヤカのものだ。

「これも……持って帰ろう。」

俺はジップロックを開け、拾った髪の毛を慎重に入れた。これがあれば、彼女の存在を忘れることはない。だが、その瞬間だった。

「……何をしているんですか?」

背後から柔らかい声が聞こえた。凍りつくような恐怖が身体を包む。振り返ると、そこにはサヤカが立っていた。

俺の手に持っている透明なプラスチック袋と、その中のストローと髪の毛を見るサヤカの視線。言い訳を考える暇もなく、俺はしどろもどろに口を開いた。

「い、いや、その……これ……。」

サヤカは困惑した様子もなく、ただ微笑みながら尋ねた。

「それ、私のストローと髪の毛ですか?」

俺はもう隠し通せないと悟った。深く息を吸い込み、覚悟を決める。

「……俺です。LINEでいつもメッセージしていた……田中誠二です。」

名前を名乗った瞬間、体中から冷や汗が流れた。この状況は、完全に終わりだ。LINEで親しくしていた相手が、こんな形で自分を知ったら、絶対に軽蔑されるに決まっている。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 俺、こんなことをするつもりじゃ……。」

声が震え、頭を下げる俺に、彼女は何も言わなかった。

恐る恐る顔を上げると、そこには驚きも怒りもなく、ただ穏やかな微笑みを浮かべたサヤカがいた。

「それほど私のことを大切に思ってくれていたんですね。」

彼女のその一言に、俺は言葉を失った。まるで俺のすべてを包み込むかのような優しさの笑みを、サヤカは俺に向けていた。

■ 第5章: 神様への祈り

「遠い岐阜からよくお越しくださいました。もう祈りは捧げましたか?」

サヤカの穏やかな声が耳に心地よく響く。俺は驚きと戸惑いの中で彼女を見つめた。

「え……神様に、ですか?」

「はい。」

サヤカはにっこりと微笑みながら、境内の中央にある拝殿の方へと歩き始める。その後ろ姿を見て、俺はつい引き寄せられるように足を動かしていた。

拝殿の前で立ち止まったサヤカが振り返る。優しい表情のまま、俺に手を差し出してきた。

「こちらへどうぞ。」

俺は緊張で震える手を伸ばし、彼女の手にそっと触れた。小さくて柔らかいその手は、俺の冷たい手を包み込むように温かかった。

「それでは、目を閉じてください。」

彼女の指示に従い、ゆっくりと目を閉じる。周囲の音がだんだんと遠のいていき、境内の静寂が俺の心を満たしていく。

しばらくして、祈りが終わったのか、サヤカが静かに手を離した。その瞬間、俺はどこか夢から覚めたような感覚に包まれる。

「ありがとうございました。」

サヤカは静かに一礼し、穏やかな微笑みを浮かべている。

「神様は、いつでもあなたの努力や想いを見守っています。それを忘れないでくださいね。」

その一言が胸に染みた。俺のような人間でも、誰かに見守られている──そう思うだけで、心が救われた気がする。

「ねえ、もう少し、二人でお話ししませんか?」

「……いいんですか?」

祈りを終えたサヤカが、優しい声で提案してくれた。答える俺の声はかすかに震えていた。

「もちろんです。せっかく神様が私たちを繋げてくれたんですから。」

サヤカの言葉に、俺は頷く以外の選択肢がなかった。この特別な時間が少しでも長く続いてほしい──その気持ちだけで、彼女の誘いに従うことを決めた。

■ 第6章: 二人で過ごせる場所へ

夕暮れの薄暗い空の下、彼女は俺の少し前を歩いている。その後ろ姿を見ながら、俺は夢見心地のままだった。

「今日はお疲れになったでしょう。少し落ち着ける場所に行きませんか?」

サヤカが立ち止まり静かに微笑んだ。彼女は先を歩き出す。俺は何も考えられないまま、その後を追った。

やがて着いたのは、裏難波のホテル街だった。並んでいる建物を見た瞬間、俺の胸がざわつく。

(まさか……。)

いや、そんなはずはない。俺は頭を振って邪念を払う。サヤカは足を止め、一つのホテルの前に立った。そして、何気ない様子で扉を開ける。

「どうぞ、こちらで少し休みましょう。」

「え……えぇっ?」

俺は思わず声を上げた。彼女がホテルに入ることを勧めてくるなんて、想像もしていなかった。

「驚きましたか?」

「そ、そりゃ……でも、いいんですか? 俺なんかが……。」

俺の戸惑いを見て、彼女は再び微笑んだ。その笑顔には一切の戸惑いがなく、純粋な優しさだけがあった。

「大丈夫ですよ。少しお話しするだけですから。」

その言葉に、俺は抵抗できなかった。自分には女性とこんな時間を与えられる資格がないと思いつつも、彼女の穏やかな声と笑顔が、不思議と全てを許してくれる気がした。

ホテルの一室に通されると、室内は予想以上に落ち着いた雰囲気だった。壁紙もベッドもシックな色でまとめられており、静かで、どこか神聖な空気すら感じられる。サヤカが座るのを見て、俺もその向かいに腰を下ろした。

「いつもLINEでお話していたように、今日は直接お話しましょう。」

そう言って、サヤカはLINEでのやり取りを思い出させるような穏やかな口調で話し始めた。

「最近のお仕事はどうですか?」

「あ……あんまりうまくいってなくて……。」

会話が続くうちに、俺は少しずつ緊張を解いていった。サヤカはどんな話でも興味深そうに耳を傾けてくれる。それが俺にとっては信じられないくらい心地よかった。

「田中さんが今日ここに来てくださったこと、私、うれしいです。」

サヤカが優しく微笑む。その笑顔は、まるで俺の存在そのものを肯定してくれるようだった。

■ 第7章: サヤカの誘い

部屋の空気が変わったのは、サヤカが部屋の照明を落とした瞬間だった。薄暗くなった空間で、彼女は静かに俺を見つめている。柔らかな笑顔、穏やかな声──しかしその瞳の奥には何か計り知れないものが潜んでいるように思えた。

「緊張されていますか?」

「いや……あ、ちょっとだけ……。」

声が震えているのが自分でも分かる。こんな状況、予想していなかった。いや、期待していなかったわけじゃない。ただ、現実にこうなるとどうすればいいのか、まったくわからなかった。

サヤカが一歩近づいてきた。その距離感が、妙に現実味を帯びていて、俺は思わず呼吸を浅くする。彼女はそっと俺の手を取り、ベッドへと誘導した。

彼女の手が俺の肩に触れる。温かいはずのその感触は、どこか冷たさを感じさせる。彼女の動作は緩やかで、そして機械的だった。

「田中さん、ちゃんと大きくなってますね。」

優しい声と優しい手つき。それでも、その表情や仕草にどこか生気が感じられない。彼女の手が俺の頬に触れる。その指先は柔らかく、だがその動きには何かが欠けているような気がした。俺たちは互いの身体に触れ合った。だが、彼女の触れ方はどこか機械的で、劣情や情熱が感じられない。

俺の視線が彼女の身体をなぞる。その形、その存在感に圧倒される。だが、同時に胸の奥に奇妙な不快感が湧き上がる。

(彼女がただ「そこにある」という事実が……耐えられない……。)

俺は彼女を理想化していたのだろう。彼女は救いそのものだと思っていた。だが、今この瞬間、目の前にいる彼女は単なる「存在」でしかない。何も救ってはくれない。その冷たい現実が、俺の心を締め付けた。

この行為が終われば、俺は岐阜に帰るだろう。そして、疎外された日常に戻る。それを思うと、俺は自分の存在そのものに根源的な孤独を感じる。

サヤカの手が俺の背中に触れる。その温もりに安心感を覚えながらも、俺の中の不快感は消えなかった。俺は横になり、サヤカの身体に手を伸ばす。彼女の肌の感触は柔らかいが、その先にあるものは何も掴めない。彼女の手もまた、俺の体を優しく触れている。だが、その触れ方にも温もり以上のものを感じることはできなかった。

(……彼女はなぜ俺とこんなことをしているんだ? そして、俺はなぜここで彼女といるんだ……?)

正常位に移り、彼女を抱く形になった。薄暗い部屋の中、サヤカの顔が近い。俺の視線は、彼女の瞳、頬、唇に自然と吸い寄せられる。だが、その表情は相変わらず静かで、どこか遠い。

ずっと彼女を理想化していた。動画越しに見て、LINEで言葉を交わしていたとき、俺の中で彼女は「救いそのもの」として形作られていた。だが、今、目の前にいるのは現実の彼女。触れることのできる彼女。その彼女が目の前にいるのに。

(俺が求めていたのは……ただの幻だったのか?)

彼女の表情は優しい。だが、そこに救いはなかった。神様も、彼女も、俺を助けてくれる存在ではなかった。俺が求めていたものなんて、どこにも存在しない。ただ、ここにサヤカが「いる」だけだった。

(救いなんてものはない。俺が勝手に作り上げた幻想だ……。)

冷たい現実が胸に突き刺さる。それでも、俺は動きを止められなかった。彼女の体温、彼女の匂い、それらすべてが、現実として俺をここに縛り付けていた。

サヤカの顔がさらに近づく。俺は無意識のうちに彼女の唇に触れた。キスは静かで、短いものだった。甘美で優しいキス。それでも、俺の心の中では何かが崩れ落ちる音がした。だが同時に、俺は理解し始めていた。

(俺がこの世に生まれたことに意味なんてない。それでも……だからこそ、意味を作らなければならない。)

俺自身が行動し、自分の人生に意味を与えるしかない。そして、そのすべての行動に俺自身が責任を負うのだ。

その思考に至った瞬間、俺は息が詰まるような感覚を覚えた。胃の奥から込み上げるものがある。それは責任の重圧から引き起こされる吐き気だった。

(すべての行動に責任を負う……そうだ、俺も、サヤカさんも、それぞれの自由な選択の結果ここでセックスをしている。そして、それに伴う結果をそれぞれが背負わなければならない。)

この瞬間だけでなく、岐阜に帰ってからの日常も。疎外感と孤独の中で選び取るすべての行動に、俺は責任を負わなければならない。それは恐ろしく、逃げ出したくなるほどの重みだった。

サヤカの手が俺の肩をそっと撫でる。その動作が、俺を現実に引き戻した。行為はクライマックスに差し掛かっていた。彼女の吐息が近い。再び唇を重ねる。

この瞬間、俺は何も考えないように努めた。ただ、目の前にいる彼女と繋がっている感覚だけを感じ取る。彼女の柔らかな肌、俺を包む腕。すべてが現実だった。

(俺がここにいる。彼女がここにいる。これが現実だ。)

その瞬間、俺は射精した。

 

■ 第8章: サヤカの物証

行為が終わった後、俺たちはしばらく無言で横たわっていた。薄暗い部屋の静けさの中で、俺の心臓だけがまだ高鳴っている。隣には、静かに目を閉じたサヤカがいた。その穏やかな表情は、行為の後も全く乱れていない。

俺はある衝動に突き動かされていた。この時間を「証明」したいという欲求だった。これがただの夢や幻想ではなく、確かに自分が経験した現実だと証明できるものを持ち帰りたかった。

「……あの、サヤカさん。」

声が震える。恐る恐る彼女を呼びかけると、サヤカはゆっくりと目を開け、俺を見つめた。その視線が柔らかいのに、俺はさらに緊張する。

「なんでしょうか?」

彼女の声は優しい。俺は一瞬言葉を飲み込んだが、意を決して尋ねた。

「足袋を……片方、いただけませんか?」

その瞬間、サヤカの表情にわずかな驚きが浮かんだ。だが、それもほんの一瞬だった。すぐに彼女は、微笑みを浮かべながら頷いた。

「……いいですよ。」

サヤカは静かにベッドの端に腰を下ろし、白い足袋に手をかける。その指先が布を引き剥がすように動くと、足袋の裏側にうっすらと汚れた跡が見えた。親指の付け根と踵の部分が少しだけ黒ずんでいるのが目に入る。

そう言って彼女が差し出した足袋を、俺は震える手で受け取った。薄い布の感触が手のひらに伝わる。見た目以上に柔らかく、少し湿ったような感触が残る。足袋の内側には微かに足の形が残っていて、指の跡がはっきりと見える。

匂いがふわりと鼻に届いた。行為中に感じた甘い香りとは違い、もっと生々しい、人間の体温が残る香ばしい匂いだった。バニラのような甘い香りの奥に、ほのかな酸っぱさと汗の塩気が混ざっている。少し蒸れたような、その匂いは思った以上にリアルで、俺の心を大きく揺さぶった。

サヤカという完璧に思えた存在を、現実に引き寄せる。

「ありがとうございます……。」

俺は持参していたジップロックを取り出し、足袋を慎重に入れた。

ホテルを出た後、俺は一人で駅へと向かった。サヤカと別れた直後の虚無感と、足袋という「証拠」を手にした安堵感が胸の中で交錯していた。電車に揺られながら、俺は手の中のジップロックをそっと握りしめた。足袋を通じて、彼女との時間が現実であったことを確認する。

俺はふと疑問を抱いた。

(彼女は、なんのためにこんな活動をしているんだろう?)

彼女の優しさ、その謎めいた微笑み。その根底にある理由を知りたいと思った。だが、同時に気づいた。

追求したところで、意味なんてないのかもしれない。彼女が何を思い、何を求めているのか、それは俺が知ることなできないことなのだ。

電車の窓に映る自分の顔を見ながら、俺は静かに息を吐いた。

(人生に意味を作り出すのは、彼女でも神様でもなく、自分自身だ……。)

サヤカとの奇妙で特別な時間は、俺にそう教えてくれた。孤独の中で、俺は自分自身の行動で人生に意味を与えていかなければならない。それを噛みしめながら、俺は足袋の入ったジップロックをそっと握りしめた。

■ 第9章: エピローグ

自宅のドアを開けると、いつもと同じ静かな空間が俺を迎えた。何も変わらない、当たり前の日常だ。靴を脱ぎ、カバンを置き、着慣れた部屋着に着替える。この動作の一つ一つが、俺を現実に引き戻していくようだった。

リビングの机に座り、ポケットからジップロックを取り出す。中には、サヤカからもらった片方の足袋が収まっている。俺はそれを机の上にそっと置いた。

「……サヤカさん、ありがとう。」

静かな部屋の中で、呟きだけが響いた。目の前の足袋をじっと見つめる。その布の質感、匂い、触れた時の感覚──どれもが、俺がサヤカと過ごした奇妙で特別な時間を思い出させる。

俺はジップロックに入った足袋を、机の引き出しを開けてそっとしまい込んだ。

(完)


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